若宮神社のご紹介 (鹿児島県指宿市摺ケ浜)

 

~若宮神社に参拝して温泉に入れば、子宝に恵まれる~

 

 

若宮神社は古くから子宝の神様として親しまれ、地域住民

から愛されてきました。

 

若宮神社には14代天皇の仲哀天皇の奥方である神功皇后

が祀られていると古くから言われています。

夫である仲哀天皇は熊襲の矢に当たり香椎宮にて逝去されました。その後に神功皇后は熊襲を討伐し、住吉大神の神託により、お腹に子供(のちの応神天皇)を妊娠したまま筑紫から玄界灘を渡り朝鮮半島に出兵して新羅の国を攻めたそうです。新羅は戦わずして降服して朝貢を誓い、高句麗・百済も朝貢を約したというのが三韓征伐です。

 

三韓征伐に赴く神功皇后のお腹には15代天皇応神天皇が宿っていましたが、お腹に石をあててお腹を冷やして出産を遅らせたと言われていて、大変我慢強く偉人と言われる強い女性であったといいます。

 

『日本書紀』において、巻九に神功皇后摂政「66年 是年 晋武帝泰初二年晉起居注云 武帝泰初(泰始)二年十月 倭女王遣重貢獻」として、中国晋の文献における倭の女王についての記述が引用されています。このため江戸時代までは、卑弥呼が神功皇后であると考えられていたそうです。 これには地元でも諸説ありますが、神功皇后が祀られていることから子宝の神様として親しまれてきたのではないかと思います。

 

また、昭和の半ば頃まであったアコウの巨木は、漁を終えて帰港する漁師の目印となっていました。

 今では、残念ながらその巨木に会うことはできませんが、その子孫であるアコウの子ども達が力強く成長し続けており、子宝の神社を見守ってくれています。

 

第三回寶宿祭の時は工事中だった若宮神社も装い新たにリニューアルされました。

神殿はもちろん、手水鉢や絵馬掛けなど、入口も入りやすくスロープになりました。

さらにたくさんの人が訪れる由緒正しき若宮神社となりました。